"まず賃貸探しで最も大切なことは、不動産屋選びでありここで失敗をしてしまいと良い物件に出会うことが出来ません。
賃貸物件を多く抱えている不動産屋を選んで、親身になって考えてくれる従業員の元協力して探していくようにしてください。民法で敷金とは、借り手の債務を担保するために、貸し手に渡すものとされています。
決められていることなので拒否をすることは出来ませんが、最近では資金ゼロの物件も多く出てきています。

 

敷金とは貴方が管理者である大家さんに預けておくお金となります。
最終的には戻ってくるお金であり、家賃の滞納分や部屋の修復費として使用されます。

 

敷金は決して紹介してもらった不動産屋に支払うものではありません。
資金を不動産屋に対して支払っているかと思いますが、不動産屋から大家さんに後で渡されています。"



敷金について理解をしておこうブログ:18-6-21

昭和三十八年に我が家にテレビがやってきた。
その時、ぼくは小学一年生だった。

まだ番組がない時は
画面に大きな円形のマークが入っていた。
勿論、白黒である。

わずかな子供番組がある時は、
外で遊んでいてもダッシュで走って帰っていた。

母親は農家の仕事でいつも外に出ていたので、
ぼくの記憶の中では、
いつも祖母と二人でテレビを見ていた。

特に、長い休みの間は
ぼくは祖母と二人で時間を共有して、
テレビの前にいることが多かった。

小学二年生の夏休みの事…

ふと気がつくと、祖母が
番組の歌や配役の名前などの、
ひらがなやカタカナを、声に出して読んでいるのがわかった。

それも、すらすらとは読めない。
特にカタカナはとてもぎこちなかった。

漢字もとても簡単で、
小学二年生のぼくが知っている漢字の読み方を、
時々ぼくに聞いては、声に出していた。
文字がわからなくなるとぼくに聞いた。

ある日、ぼくはしつこく聞かれ、教えてあげたが、
その時、心の中で「何で、ぼくに聞くの?」と思った。

そして、その時、
多分うっとおしいような顔をしていたのだと思う。

祖母は、ぼくに気の毒そうに小さな声でつぶやくように、
「ぼくは、子守り奉公に行ってたからなあ〜」と言った。

祖母が家の事情で、ほとんど小学校にも行けず、
子守り奉公に行っていた事を母親が話してくれた。

ぼくはまだ子供だったが、
小学校へ行くことが当り前だと思っていたのに、
そうではなかったことに衝撃を感じたことを今でも覚えている。

ぼくはその時八歳で、祖母は七十七歳だったので、
祖母の子供時代は遥かに遠い昔のように思えたが、
小学校へ行ける自分が、
とても幸せだと感じたことも忘れることができない。